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*正月―松の内の最後の行事が7日の「七草粥」である。
 店頭に「七草粥」のセットが並び、おせち料理で疲れた胃を労り、一年の無病息災を祈りましょうと宣伝される。
 私達は,伝統的な行事食を「温室栽培」で賄っているのだが、昔の人は、本当に「七草」を野で調達出来たのだろうか?
*旧暦の正月を2月と換算しても、“七草”採集は暖地でも難しかっただろうと思うからである。 “「伝統」は昔になくて今にあり!スーパーに”かも知れない。
*今や“雑草”として顧みられる事もないが,高麗川周辺でたくましく生きている「春の七草」メンバー達に,この期に少し光をあて「七草粥」の四方山話の一端を紹介しておきたい。

「芹(セリ)・薺(ナズナ)・御形(ゴギョウ)・繁縷(ハコベラ)・仏の座(ホトケノザ)・
    菘(スズナ)・清白(スズシロ) これぞ七草“ ◇  
     *1362年頃(室町時代初期)に著された『河海抄』。現代の7種が記載された最初の書
           とされているが、本書は源氏物語の注解書であり、上の歌自体は作者不詳である。
ニュース36-4p-2➁ナズナ(アブラナ科)
ニュース36-4p-3➂ゴギョウ(キク科
ニュース36-4p-4)➃ハコベ(ナデシコ科)
ニュース36-4p-5➄コオニタビラコ(キク科)   
ニュース36-4p-6現在の「ホトケノザ」(シソ科)「七草」の“仏の座“葉の様子が“蓮華座

《他の3種》
➀セリ(セリ科)・・・湿地減少で激減
➅スズナ(アブラナ科)・・・カブ
➆スズシロ(〃)   ・・・・ダイコン
  *共に西南アジア原産。絹の道・
   中国経由で6世紀半頃日本へ。
*七草は「ロゼット植物」として冬を越す
  食べ頃はロゼット初期の頃。


🎍「七草粥」の由来🎍
*大和朝廷成立時、手本とした中国の暦では,正月行事は元旦の鶏の占いに始まり、人を占う7日の「人日の節句」で終わります。この日の邪気を払う為の行事食が、“7種の菜以て羹(あつもの、とろみのある汁)を為る”でした。
*平安時代の『枕草子』に“7日の日の若菜を、6日もてきさはぎ・・・”とあり、この風習の伝来が伺えます。しかし、芽生え始めた野草の生命力にあやかり,冬のビタミン不足を補うべく、寒中より野に出て若菜摘みに励む習慣が古代よりあったとはいえ、「暦」は筆写でしたから「七菜の儀」は朝廷と貴族の一部のものでした。
*一方、当時,宮中では、1月15日に米・粟・小豆等の7種の穀物を粥にして「5穀豊穣」を祈る独自の儀式がありました。
*やがて、「暦」も印刷され行き渡るようになり、これに「若菜摘み」の習慣がかぶり、「7穀粥」の影響で、元来の「七種(クサ)汁」が,「七草粥」へ変身をとげた模様です。鎌倉時代以降と言われています。(これが上記文献の成立背景)
*江戸時代には、五節句の一つとして、「七草の節句」が認定されたため、いよいよ「全国区」となりますが、民間ではその素材は江戸はナズナにコマツナ、京阪神はナズナにカブの2種だったとか。
野辺に7草の調達はやはり無理だったようです。
  このように「七草粥」は歴史、特に暦の事情と深く関わった「植物誌」と言えそうです


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