昨夏は連日の猛暑で、浅羽ビオトープの鳥影も少なく、それは9月に入っても続いた。気温は高低を繰り返しながらも、日本の秋の風物詩となった、セイタカアワダチソウの花が黄色を濃くし、ノイバラの実が赤く、エノキの実が熟して、10月シメが姿を見せる。いよいよ冬鳥の季節到来だ。当会「定期野鳥調査観察会」の11月12日(水)、観察路わきの木の枝に止まるツグミを観る。今期初認(当地)です。

 ツグミは秋になると、繁殖地のシベリアから大群で、全国に冬鳥として渡来する。日本に着くと群れを分散して、山地の林や農耕地、川原、芝生、干潟など、いろんな環境で生活する。
 頭頂から背、肩羽、耳羽は黒く、雨覆は赤褐色。風切と尾羽は黒褐色。眉斑と頬、喉は白い。胸から腹は白く、胸から脇にかけて黒斑がある。嘴は黒く基部は黄色い。足は赤黒い。翼上面の赤褐色や胸の黒斑は、個体によって変異がある。雌雄同色だが、雄は雌より全体の褐色と黒色が比較的に濃い。
 群れで生活するものと1羽で生活するのがいるが、浅羽ビオトープでは1本の木に数羽が止まっていたりする。地上を数歩はね歩いては立ち止まり、胸を反らせる動作を繰り返しながら、土中からミミズや昆虫類の幼虫などを採食する。畑の堆肥を積んである所では、群れでの採食行動を見かけることがある。文献によると、カラスザンショウ、ハゼノキ、イイギリなどの木の実を好んで食べるそうです。鳴声は「カッ カッ」と特徴のある声で「あっ ツグミ」と直ぐ分かる。
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ツグミ スズメ目ツグミ科 L(全長) 24cm

 別亜種に、ハチジョウツグミがいる。胸の黒斑がなく、赤褐色の斑点、全体的に黒味が少なく「レンガ色」とも言われる羽が目立つ。ただし、個体差がある。ツグミと同じ大きさで、冬鳥として全国に渡来するが、数は少ない。浅羽ビオトープと周辺に、何回か飛来したことがある。筆者の記録ノートを見ると、
2011年3月6日(日)「ヒレンジャクとハチジョウツグミが観られた」とある。そして5日後の3月11日(金)あの大災害をもたらした「東日本大震災」があった。忘れられない思い出の鳥だ。
※シベリアからサハリン方面で繁殖するツグミ類のうち、ツグミは極地方で繁殖し、ハチジョウツグミはそれより南で繁殖する。
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ハチジョウツグミ

先輩のS氏が言った
「いいね~ツグミの姿。つつ~と歩いて立ち止まり、
   すくっと胸を立てて… 実にいいよ あの姿勢!」
5月上旬、北に向かって旅立つ。
  
            参考資料:山と渓谷社・日本の野鳥 
                        文 増尾 隆
                        絵 坂口 稔

初観察記録 ミサゴ(鶚)


第136回野鳥調査(10月8日)おいて飛翔するミサゴを観察しました。
野鳥調査を初めて累積観察種数は100種類に達しました。
ミサゴはL(全長)♂54cm ♀64cm 
W(翼開長)155cm~175cmでトビより少し小さいが翼が細長くWはトビより長いほどです。
海岸・河口・大きな湖沼等に棲み魚を食べます。したがって浅羽ビオトープの上空での観察は非常にまれで貴重な出会いでした。
英名はOsprey(オスプレイ)です。
停空飛翔をしてから水中に急降下して魚を取る姿から、米軍では垂直離着陸輸送機にオスプレイと名付けたものと思われます。     M・S記
ニュース36-6p-1ミサゴ

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*正月―松の内の最後の行事が7日の「七草粥」である。
 店頭に「七草粥」のセットが並び、おせち料理で疲れた胃を労り、一年の無病息災を祈りましょうと宣伝される。
 私達は,伝統的な行事食を「温室栽培」で賄っているのだが、昔の人は、本当に「七草」を野で調達出来たのだろうか?
*旧暦の正月を2月と換算しても、“七草”採集は暖地でも難しかっただろうと思うからである。 “「伝統」は昔になくて今にあり!スーパーに”かも知れない。
*今や“雑草”として顧みられる事もないが,高麗川周辺でたくましく生きている「春の七草」メンバー達に,この期に少し光をあて「七草粥」の四方山話の一端を紹介しておきたい。

「芹(セリ)・薺(ナズナ)・御形(ゴギョウ)・繁縷(ハコベラ)・仏の座(ホトケノザ)・
    菘(スズナ)・清白(スズシロ) これぞ七草“ ◇  
     *1362年頃(室町時代初期)に著された『河海抄』。現代の7種が記載された最初の書
           とされているが、本書は源氏物語の注解書であり、上の歌自体は作者不詳である。
ニュース36-4p-2➁ナズナ(アブラナ科)
ニュース36-4p-3➂ゴギョウ(キク科
ニュース36-4p-4)➃ハコベ(ナデシコ科)
ニュース36-4p-5➄コオニタビラコ(キク科)   
ニュース36-4p-6現在の「ホトケノザ」(シソ科)「七草」の“仏の座“葉の様子が“蓮華座

《他の3種》
➀セリ(セリ科)・・・湿地減少で激減
➅スズナ(アブラナ科)・・・カブ
➆スズシロ(〃)   ・・・・ダイコン
  *共に西南アジア原産。絹の道・
   中国経由で6世紀半頃日本へ。
*七草は「ロゼット植物」として冬を越す
  食べ頃はロゼット初期の頃。


🎍「七草粥」の由来🎍
*大和朝廷成立時、手本とした中国の暦では,正月行事は元旦の鶏の占いに始まり、人を占う7日の「人日の節句」で終わります。この日の邪気を払う為の行事食が、“7種の菜以て羹(あつもの、とろみのある汁)を為る”でした。
*平安時代の『枕草子』に“7日の日の若菜を、6日もてきさはぎ・・・”とあり、この風習の伝来が伺えます。しかし、芽生え始めた野草の生命力にあやかり,冬のビタミン不足を補うべく、寒中より野に出て若菜摘みに励む習慣が古代よりあったとはいえ、「暦」は筆写でしたから「七菜の儀」は朝廷と貴族の一部のものでした。
*一方、当時,宮中では、1月15日に米・粟・小豆等の7種の穀物を粥にして「5穀豊穣」を祈る独自の儀式がありました。
*やがて、「暦」も印刷され行き渡るようになり、これに「若菜摘み」の習慣がかぶり、「7穀粥」の影響で、元来の「七種(クサ)汁」が,「七草粥」へ変身をとげた模様です。鎌倉時代以降と言われています。(これが上記文献の成立背景)
*江戸時代には、五節句の一つとして、「七草の節句」が認定されたため、いよいよ「全国区」となりますが、民間ではその素材は江戸はナズナにコマツナ、京阪神はナズナにカブの2種だったとか。
野辺に7草の調達はやはり無理だったようです。
  このように「七草粥」は歴史、特に暦の事情と深く関わった「植物誌」と言えそうです


2014.12.25 水路浚渫
年の瀬の12月25日環境整備の作業日です。

樋門下流のワンドの水路が泥で埋まってしまいましたので
人力で浚渫作業を行いました。

3年前に市の協力で浚渫を行っていただきましたが、
上流より流れ込む泥ですっかり埋まってしまいました。
ワンドをぐるりと水が廻ることで水質浄化が行われます。
暮れの忙しい中、13名の参加で元通りの水路が復活しました。

 ビオトープが整備され散策路脇にハンノキ・クヌギなどが植えられていましたが、
環境に対応できなかった樹や虫の被害にあった樹等が枯れてしまったところがありました。

 「高麗川ふるさとの会」では[荒川上流河川事務所]に補植の申請を行ってきておりましたが
申請が受理され、また「河川美化・緑化助成、ゴルフ基金」からの助成もいただけることになり、
今回13本の補植が完了しました。

 補植する樹種については、自生種であることなどを希望しましたが、
苗木が栽培されておらず手に入らなかったものもあり、
クヌギ2本・ウワミズザクラ2本・ヤマザクラ7本・ハンノキ2本となりました。

健やかに育ってくれることを期待して!

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