国土交通省が創設した「河川協力団体」に応募しました。
この制度は国が管理する河川や湖で河川環境保全に取り組んでいる
市民団体を支援するために立ち上げました。

高麗川ふるさとの会が活動している浅羽ビオトープで
今までは一つの事を行うにもまず「坂戸市」に申請し、
次に「荒川上流河川事務所」に申請を行う。
と、いった手続きが必要でしたが、今回の「気仙協力団体」に指定を受けると
国との協議で事業を行えるといった利点があります。

先日、環境整備の活動日に毎日新聞社の取材を受け、
1月29日埼玉西版に掲載されました。
毎日新聞記事2014129
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冷たいですねと水に入り作業を体感。
2014.01.18 水辺の整備
毎日、「今朝はこの冬一番の冷え込みで・・・」のニュースが流れるなか、
水の中に入っての作業です。

水中では春になったら一番に芽を出そうと、ツルヨシが準備をしています。
芽を吹かない間に除去をと、胴長をはいて抜き取ります。

水面にはツルヨシの茎に氷の結晶ができとてもきれい・・・
「感激している場合じゃないこれが夏には水路をふさぐのだから」と、取り除く・・・

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杭のそばにはサクラタデが少しずつ増えてきているので
繁殖場所をしっかり確保しながらの作業です。
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サクラタデ
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あけましておめでとうございます

特集号
高麗川ふるさとの会10年を振り返って


 本会は発足から10年が経過し、河川環境の保全活動も11年目を迎えることができました。
これも荒川上流河川事務所/坂戸市役所/当会との三者協同と関係機関の支援により作り出した成果と感謝しております。
浅羽ビオトープが完成した、平成15年以前の当該地の環境は、農業排水路から流入する水による湿地帯と放棄桑畑であり、ゴミの不法投棄の場所でもあり、人の出入りはあまり見られませんでした。
この長い川の歴史をひも解くと川は常に流域の開発の犠牲者と言えます。私たち自身も便利さを追求するあまり川に背を向けてきたのかもしれません。
現在では「こまがわふるさとの川整備事業」の実施に当たり環境に配慮し、多様な生物が生存可能な自然環境が再生・創生され川<と人が共存した生活が営まれるようになったと思っています。
又、平成16年には「関東の富士見百景」にも選定されました。
坂戸市が決めた「高麗川ふるさと遊歩道」の通過点でもあり、多くの散策者に喜ばれています。坂戸市のふるさとづくりの一助になればと期待しております。
高麗川ふるさとの会 会長 三浦 輝夫

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「高麗川ふるさとの会」設立10周年に寄せて
              
             坂戸市長 石川 清
「高麗川ふるさとの会」は、設立10周年が経過し、新たな年を迎えられておりますことを、心よりお喜び申し上げます。
この間、会員の皆さんには、浅羽ビオトープを中心とした様々な河川環境活動に精力的に取り組まれ、ご努力されたことに対しまして、深く感謝と敬意を表する次第であります。
私も、自宅が高麗川に近いということもあり、特に高麗川に対する思いは強く、小学生のころは、夏休みになると朝から晩まで川遊びをしていました。その当時の高麗川は、本当に水がきれいで、水深も3mと深く、たくさんの魚が泳いでいたり、ホタルが家の中に飛び込んできたのを今でも覚えています。
私の想いは、「高麗川を子供たちが川遊びできるようなきれいな川にする」ことであり、市の重要な施策のひとつとして、今後も高麗川の環境整備に取り組んでいきたいと考えています。子供たちにホタルや魚を見せたいし、釣りや伝統漁を教えたい。また、親子釣り大会も復活させたいと思います。幼いうちに自然環境にふれた子供たちは非行に走ることが少ないということを聞いたことがあり、そのためにも高麗川の自然環境を大切にしたいと考えます。
「高麗川ふるさとの会」の皆さんの活動が、未来の坂戸市をつくる子供たちの情操教育にも繋がっていると思います。高麗川は、市の宝であり、川に親しめる坂戸市にしていきたいと考えています。
結びに、「高麗川ふるさとの会」のますますのご発展と会員皆さんのご健勝を心よりお祈りし、設立10周年に寄せてのお祝いの言葉といたします。

草刈り作業

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ひもん

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同じ場所からの風景。木々が大きくなりましたね

高麗川ふるさとの会 設立10周年に寄せて

 「高麗川ふるさとの会」設立10周年おめでとうございます。
 荒川水系には河川の中に貴重な自然地が存在しています。特に、荒川本川と入間川の合流点にある三ツ又沼ビオトープやその上流にある太郎右衛門自再生地、支川越辺川にある越辺川ビオトープ、そして高麗川にある浅羽ビオトープなどです。
この浅羽ビオトープは、平成11年11月にふるさとの川整備事業として認定され、平成13年4月から平成15年3月にかけてビオトープを整備し、平成15年6月に高麗川ふるさとの会が誕生以降、100名規模の会員の方々により、年間およそ100回ものゴミ清掃、河畔林整備、水質調査、野鳥調査、野鳥観察会の実施、環境教育の支援、高麗川の歴史を知る講演会など多岐にわたる活動が実施されています。これは、荒川上流管内の数ある団体と比較しても、最も大規模な活動であります。
今後も、三者協議会の場などを通じて現場で奮闘されている皆様のご意見を頂きながら、坂戸市と連携しつつ、荒川上流河川事務所も協力してまいります。
 浅羽ビオトープがより良い自然環境になり皆様に愛される場になるとともに高麗川ふるさとの会のご発展をお祈り申し上げます。                     
平成25年12月15日

                  国土交通省 
        関東地方整備局
         荒川上流河川事務所長
 
        
「高麗川ふるさとの会」の10周年をふり返って

平成8年3月、北坂戸大橋から5号堰に至る5km区間が「ふるさとの川整備事業」の候補に挙がったのを機に、築堤と河川整備のあり方について、鶴舞地区では鶴舞まちづくり委員会を発足させ皆さんの多くの意見を集め、熱く討議し各地の事例見学・大学教授や古老を囲んだ勉強会など開催した。国と市の事業説明会でも、皆さんが中心になって討議に参加し、要望や提案を行った。
昭和52年6月東京から鶴舞に転居した頃には、田圃の水路でメダカがスイスイ、しじみもあちこちで見られ、此処に転居して良かったと思った。平成に入った頃からか、各地の水路が急速に生活排水路化して、汚泥と悪臭の水路とに変わっていったと思う。
平成12年3月、この整備事業が始まり、「一般公募100余人がメンバーとなり“今ある自然を極力残そう”“壊された自然を復元しよう”“静かで良好な住環境を守ろう”と云うコンセプトを具現する為に私も鶴舞の同志と共に其の1人に加えてもらった。 
平成15年3月 自然とふれあい学習するゾーン内、浅羽堤外地の湿地が「浅羽ビオトープ」(坂口氏の発案)がほぼ完成し、その保全・管理・運営する団体として【高麗川ふるさとの会】が同年6月8日誕生した。会員は138名
会長・副会長・役員・実際活動科目とその担当を協議選任したが、会長職は自薦者なく、不束者の私に神々の下命がおりた。責任の重さをひしひしと感じた。
数年前から、山と森と川の保全・保護のボランティア団体に属していた、その友人に“自然保護団体と云ってもあちこちに出来て、そして分裂する。解散に追い込まれる。3年持てば永続する”と言われ、そのことが脳裏にこびりついていたのである。
実際活動は環境・水質水生生物・植生・野鳥・学童支援・高麗川塾・広報の分科会で構成され、環境ではビオトープの水域清掃、外来種の除去作業等を行っており、高麗川若宮橋・鶴舞樹林地区の草刈り、清掃が鶴舞自治会との協働が続いている。
植生は初め大野(故人)さん、独特の言い回しで自取りの記録写真の解説などとても人気があった。御冥福を祈ります。
どなたかリーダーをと考えていたところ、三島副会長の紹介を得て、清水町の福島さんにご指導をお願いした。最初少し渋っておられたがお聞き入れ頂き、以来、観察行事にはビオトープの事前植物調査をされると云う徹底ぶりで、大勢の参加会員から御熱心さに人気を集めている。
水質部会では、NPO荒川ネットワークの要請を受けて小泉氏が長年リーダーとして活躍された。私も鶴舞まちづくり(委) 時代から興味ある活動であったので勤めて参加していたが、ある時、調査するだけで、所管役所に報告し改善を図る訴えをしないのかとの苦情を言われた。
“愕然!!″何も言えなかった。ポジティブな行動をすべきと反省しきりであった。
平成16年3月ビオトープ完成1周年記念植樹祭を高麗川左岸中里堰上流に染井吉野35本を植樹、さらに鶴舞川河口左に合歓の木3本を寄せ植えした。
坂戸市・荒上・ふるさとの会3者協調の印であったが、無残にも1本切り捨ててあった。いたずら者はたれか!
平成16年4月、国交省関東地方整備局から「関東の富士見百景」富士山の見えるまちづくりの募集通知が有り、同年 11月関東の第32景として選定が決定した。
官民協同の成果であったと思う。当時、当会理事をされていた市の河川公園課の村野氏のご尽力によるところ大であった。
平成19年5月、念願であった記念碑を坂戸市が施政30周年行事の一環として浅羽在住の当会監事宮田様の御寄贈を受けた立派な自然石にプレートを埋め込み建立され、ビオトープ正面入口に鎮座している。

平成16年7月「水の中の生き物しらべ」を幼児・小中学生対象に呼びかけ、大勢の参加を得た。捕獲した魚類を水槽に入れ、立正大学の上村佳孝先生の説明解説を受けた。ビオトープ完成直後のこの時期に意外や意外、多種の魚族が回帰しているのに参加の皆さん方は喜んでいた。終了後すべて放流。毎年夏季にこの催しは続いている。
平成16年9、10月の数日、浅羽中学理科担当の内田先生から総合学習講座の一つとして自然環境の中の動植物調査を浅羽ビオトープで実施したいと要請が有り、喜んでお受けした。初日は大岡校長も視察に来られた。植物や野鳥が生き活きと、カワセミを見つけてコバルトの背に腹はオレンジ色の美しさに驚嘆したという生々しい感想をくれた生徒もあり、意義深い学習タイムであった。翌年も継続を期待したが、部活などで忙しいとの理由で、続かなかった。残念至極!に思う。
平成17年3月、浅羽ビオトープの看板柱を(杉の原材は小島元副会長の御提供)入口正面に建立した。題字は伊利前市長の筆によるものです。
平成18年10月~翌年にかけ「高麗川塾 古老に聞く」高麗川流域をテーマに浅羽・欠ノ上・厚川・成願寺・森戸・四日市場の各地域の達人に講演をお願いした。どこの地区の講演にも達人/聴衆の皆さんが大勢参集され、大成功であった。この講演質疑応答記録は立正大学地球環境科学部の川村院生(当時)により編纂されました。貴重な資料が残されています。
野鳥観察分科会では【高麗川の野鳥たち】でお馴染み、解説文 増尾氏、玄人はだしの野鳥の絵は坂口氏、お二人は双頭のエンジン役、観察会に参集される皆さんには絶大な人気を博している。お二人とも独自の語り口に説得性があるのだ。
「高麗川ふるさと写真展」がふるさとの湯で毎年開かれる。毎年8月の懇親会に合せた展示会で、シャッターチャンスを競った作品で見る者を楽しませてくれる。
これで終わりにしようかなと思ったが、如何しても一つ。
平成20年社団法人日本河川協会より河川功労者の一人として表彰を受けて、江戸切子クリスタル一輪挿しを頂戴した。これは会員一人ひとりの活動の総計に対するものであると思う。本会で、将来、会の紹介や参考書、歴史誌などの展示室など設けて頂けたら、室の片隅にでも四季の野草の彩りを添えたいものだ。
それにもう一つ、芦田さんの事。本会始まって以来ほぼ10年本会の理事局を務められ、広報紙の編集、野鳥、水質、植生、高麗川塾各部会の催しにも参加されて、本会の活性化に努力されました。感謝の気持ちを如何伝えたら良いか悩んでいるところです。顕彰に値することではありませんか。

平成25年12月15日  高麗川ふるさとの会  川面 暉欣 

モニュウメント 田原

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「始めのころ」

私は、幼いころから高麗川で遊び育ってきたことから、川への思い入れが強く川の汚れを危惧しておりました。そんな中、平成8年4月に国土交通省の「ふるさとの川整備事業」河川に、高麗川が関東で唯一指定を受けました。
そして、高麗川ふるさとの川整備計画を策定するため、この会の前身である「こまがわ市民会議」のメンバーの募集が行われ、参加をすることとしたものであります。
その後、この会を中心に市民の有志が集まり「高麗川ふるさとの会」が発足され、高麗川の良好な水辺環境の修復保全を目指し活動をしており、現在、会の相談役を務めているものであります。
 私の記憶の中で、今までの関わりについて少し述べさせていただきたいと思います。
○市民会議
 平成12年1月ごろ「こまがわ市民会議」のメンバーの募集があり、3月に市民会議が大家公民館で始まり、以来、事例見学を含め6回の会議が開催され、事業の整備計画がまとまりました。
 対象区域は、森戸橋下流の大家5号堰から北坂戸橋までの三区域の延長約5km、この浅羽地区は「自然とふれあい、学習するゾーン」となっておりました。

○実践団体のはじまり
 計画がまとまり、河川の整備工事は平成13年、14年にかけて着々と行われ、当時、旧堤の北側(鶴舞川下流)は、汚水と浮遊物(ビニール類)が多く立木は枯死し全くひどい状態でした。
 一方、市民会議も終わり実践団体を作ろうと希望者(15名~20名)が月1回程度集まろうという事になり、会の規約(案)の協議が進められ、まとまるまでに1年間かかり、その中で会の名称や市民協働の考え方で大部分の時間が割かれたことを覚えています。
 
 以上のことがあり、現在の「高麗川ふるさとの会」がある訳ですが、早いもので設立から10年が経過し、今も会が立派に活動していることは大変喜ばしいことであります。これからも、この会が坂戸市の環境保全や子供たちの環境教育の礎となれれば幸いと考えております。

                  高麗川ふるさとの会 
                相談役 中島 常吉


市民会議
こまがわ市民会議(坂戸市hpより)


「行政と市民の協働」

 この10年、メキシコの世界水フォーラムの会場や韓国の国会など国の内外を問わず様々な場所で「どうすれば市民活動が長続きできるのか?」という質問を受けてきました。
そんなときの私は決まって「人々の地域への思いに行政がきちんとこたえることがなにより」といっています。
環境はその場所に住む人のまなざしによって作られます。規模の大きなことは行政が、そして日々の管理は住民でという隙間ない連携が見事になされているのが浅羽ビオトープだというわけです。
私たちの思いを込めた日々の活動が、今後10年、さらに20年と続けられれば未来の高麗川は子供たちの笑い声で満たされることでしょう。
そうなるようにこれからも活動を続けていきたいと思っています。 

      高麗川ふるさとの会 副会長 川村ヒサオ

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「ビオトープ水質の変化」

ビオトープ竣工時は水中に堆積した汚泥から硫化水素がプクプクと湧き上がり、水の中に入って作業を行うと汚泥のにおいが手に染みつく状況でした。
こまがわニュースNo4にある値ではビオトープ樋門部分のCODが10ppmととても高く「河川の下流部の大変汚れている水」の値でした。
平成24年3月水路工事が完成するまでは、冬季(農閑期)吉根樋管が締め切られて上流からの生活排水がそのまま流れ込んできている状態のためです。
現在はこまがわニュースNo25にあるように吉根樋管からの水路整備が完了し、年間通水されていますのでCODの値は2ppm~4ppm(サケ・アユが棲める水質)にまで改善されてきています。
平成19年、20年には水中の富栄養化の影響のためか水棲植物の異常発生がありましたが、近年は見られなくなりました。
毎年、夏季に水質浄化に活躍した水草を冬季に手作業で除去する(この作業を初めてすでに8年になります)ことで汚泥化(富栄養化)を防止する効果の表れと確信します。
年4回の水質検査(COD)に加えて、平成25年9月よりビオトープの中の4地点で採水した水の透視度の計測も並行して行っています。  
                       広報分科会 芦田 みちよ

他にはない《自然》と《自由》がいっぱい
      第二分科会「植生」
 
「ビオトープ」とはギリシャ語の「ビオス(bios)生命、生物」と「トポス(topos)場所、空間」とを語源とするドイツ語の合成語である。生まれ故郷ドイツでは連邦自然保護法で「ビオトープ」の計画・保全・再生は策定されるそうだから、日本とでは言葉の重みも意義も内容も異なっている事は知っておきたい。
日本には「ビオトープ」が約2000カ所存在するそうだが、恐らくほとんどが「環境復元の為に創造された生物空間」であり、「『ビオトープ』にビオトープなし」と言って憚らない生態学者もいるくらいである。
 当地も「名ばかり」組の一員と思うが、自由に歩き回って植物と遊べるこの空間を私は気に入っている。
 目の前には元クワ畑の耕作放棄地という「自然」がいっぱいであり、40種余の木本と200種余の草本が暮らしている。
 「植生観察会」では、名前を知るだけでなく、植物の形の不思議と暮らしの妙技に触れながら植物を知る事をモットーにしてきたが発見―探求―理解―感動の道は、5年経っても、未だ序の口である。
 250種余の植物達は、小動物・鳥・昆虫と、地下では微生物や菌類と互いにつながり合って生きている。
無数の連関は生態系等と安易にはくくれない深さを持っていると痛感する昨今である。
*まだまだ愉しくいっぱい遊ばねばならない。
*勉強しなければならない。
*考えなければならない。                     
                 植生分科会 福島 倫子



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「野鳥」の10年 第四分科会

「高麗川ふるさとの会」設立総会(2003年6月)に伴い事業内容として七つの分科会が設けられました。
その中で第四分科会「野鳥」はアンケートにより選んだ増尾さんと林さん、そして理事の中から担当としての私坂口との3名で企画運営していくこととなりました。
総会数日後3名で話し合い
・毎月第2水曜日を「野鳥調査」の日とする
・「野鳥観察会」を年3回実施する
・「野鳥勉強会」野鳥を知る、観察する、ビデオを上映する、講演会を開く。
等を、これからの活動方針として計画しました。

こうしてスタートした第四分科会「野鳥」は総会翌月(7月)第1回野鳥調査を実施しました。参加者2名、そして翌月第2回は6名でした。
そこで急遽、分科会の会合を開き17名の参加を得て、活動計画を協議しました。
その結果、翌年に開催した「ビデオ上映会」には20名の参加があり、次に実施した「第2回野鳥観察会」では未会員の方も含めて33名の参加がありました。
その後の「野鳥調査」にも10名位前後の参加があるようになりました。
その後理事に就任された芦田さん、武藤さん、吉田さん、そして一般会員の北村さんの協力をえて分科会は飛躍的に充実し、野鳥調査は中止することなく10年間(120回)続けることができました。
また、「野鳥観察会」はこの間24回、
「野鳥勉強会」として「城山とその周辺の観察会」17回(年2回)
「越辺川周辺(コハクチョウ飛来地)の観察会」7回(年1回)実施しました。
その他親睦を兼ねて県内外への野鳥観察会を実施し、多くの方の参加を得ています。
こうした様々な野鳥観察会では常に未会員の方の参加を歓迎することを建前としており、その結果、参加後に入会してくださる方が着実に増えています。

野鳥観察の楽しみは自然への親しみにつながり、そして自然環境保全への関心に導いてくれるようです。したがって環境整備等の活動に積極的に参加してくださる方が増え始めています。
今後とも楽しみながら様々な活動への協力を惜しまない第四分科会「野鳥」でありたいと思います。

           第四分科会「野鳥」担当 坂口

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東京港野鳥の森観察会

感 謝

皆さん便秘したことあるかい? 2~3日続くと苦しいもんだが、おいら長年続いていたもんだからその苦しさは並大抵のものじゃなかったよ。おいらの名前かい?鶴舞川っていうんだ。
名付けられたのは10年位前だったよ。それまでのおいらはどぶ川で腐臭を放っていたもんだ。何しろ上流からのゴミや生活排水を雨が降るたんびに押し流してきて溜まっちまうから汚い話、便秘で瀕死の状態だから臭いもひどいものだったよ。
一昔前のことだったが堤防工事が始まったときおいらのことも手術して蘇えらそうと云うことになったらしくてありがたいことに「鶴舞川」って名前まで付けてくれたんだよ。
手術は成功して息を吹き返したけど誰もタダで直してくれないよね。すぐにビオトープの浄化というお仕事を仰せつかったんだ。
せっかくのことだからお仕事に励もうと思っていたら、上流に溜まっていたヘドロ等がじわじわと流されてきておいらの中に溜まり始めやがった。その量たるやものすごくまたまた便秘を起こしそうになっちまって焦ったよ。
また、おいらの周りにはオオブタクサやセイタカアワダチソウなど外来種の草が勢いづいちまって大きな面をし始めやがった。その上心無い人がおいらの中へゴミを投げ込んだり、外来の水草を放流されたこともあったよ。
このままではいけないとおいらの面倒を見てくれることになったのがKFK(高麗川ふるさとの会)の人たちだ。ほとんどの人は高齢者だけど、暑くても寒くても皆元気に草刈りやゴミを拾ったり汚れた水をきれいにしようと礫を入れてくれたり、筏に空芯菜をうえたりといろいろ努力してくれたよ。中でも水中に生えたガマやミクリ、ヨシなんぞは住み心地が良いものかどんどん増えて水の流れを塞いでしまう状況だったんだよ。こいつらは冬になると枯れて水の中で腐るからKFKのひとたちは汚泥にまみれながら一本一本と手で抜き取ってくれる姿には涙が出るほどありがたいと思ったね。
うれしい事と云えば鳥の写真を撮る人、小学生の課外授業などで訪れてくれる人が年々増えていることだね。特に足腰の弱っている人がリハビリを兼ね、安心しながら散歩をしている姿を見かけるのは嬉しくなるんだよ。それと忘れちゃいけないのは吉根樋管のところから冬でも水を流してくれることになったことで水枯れの心配が少なくなったことだよ。
何しろビオトープの仕事(浄化)には水があってのことだからね。水のないビオトープなんてガス欠の自動車みたいなもんだからね。いつでもきれいな水を流してもらっていると気分よく役目が果たせるからね。
蘇えらせてその上、仕事まで世話してくれた人達や面倒を診てくれるKFKの人たちに感謝しながら、まだまだ長生きして頑張って行きたいと思っているのでこれからもよろしく。 
新年早々便秘の話なんぞして悪かったけど、一言お礼を云っとこうと思ってね。
皆さんのご健康をお祈りしながら、では御免なすって。

              つるまい かわた

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小学生の課外授業
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ベンチでちょっと一休み